創祀:星降る夜の託宣
星紡稲荷神社の歴史は、今から千年以上前に遡ると伝えられています。
ある夜、大きな流星が現在の本殿裏に広がる「緑犀(りょくせい)の森」へ降り注ぎました。
その晩、一人の巫女の夢に現れたのが、星の糸を紡ぎ、人の歩む道を整える狐神綴荷大神(ツヅリノオオカミ)様でした。
その導きにより村人たちは祠を建て、星々の運行に合わせて運命の糸を整える信仰が始まりました。天から降った星のかけらを「御神体」として納めたことから、「星紡(ほしつむぎ)の名が付けられました。」
「星を紡ぎ、縁を結ぶ。」
当神社が鎮座するここ星名府穂使訪市は、古来より天の川が美しく見える地として知られ、人々は夜空に輝く星々に日々の安寧と豊穣を重ねてまいりました。
夜空に降る星々の糸を紡ぎ、人々の運命を整える狐神「綴荷大神(ツヅリノオオカミ)」をお祀りする。千年以上にわたり、人々の祈りを受け継いできた稲荷神社です。
当神社が、星名府の豊かな自然とともに、皆様にとっての心の拠り所となり、輝かしい未来へと続く縁結びの場となれば幸いです。
皆様の歩む道が、星の光に照らされた明るいものであるよう、心からお祈り申し上げます。
星紡稲荷神社 第十五代宮司
井上 紡樹
星紡稲荷神社の歴史は、今から千年以上前に遡ると伝えられています。
ある夜、大きな流星が現在の本殿裏に広がる「緑犀(りょくせい)の森」へ降り注ぎました。
その晩、一人の巫女の夢に現れたのが、星の糸を紡ぎ、人の歩む道を整える狐神綴荷大神(ツヅリノオオカミ)様でした。
その導きにより村人たちは祠を建て、星々の運行に合わせて運命の糸を整える信仰が始まりました。天から降った星のかけらを「御神体」として納めたことから、「星紡(ほしつむぎ)の名が付けられました。」
当時は、「道導の神」として信仰が篤く、戦に向かう武士たちは道に迷わぬよう、また人生の岐路に迷わぬよう、当神社の「星灯の火」を拝受したと伝えられています。
また、農業においては「星の動きで種まき時期を知る」知恵が広まり、稲作の豊穣を司る稲荷信仰と、天体観測が結びついた独自の祭祀形態が確立されました。
この時代になると、星名府は街道の要所として栄え、宿場町として大いに賑わいました。
旅人たちは道中の無事を祈り、また、次の道を選ぶための心を整えるために、星紡稲荷神社へ立ち寄ったといいます。
この頃には、参拝のあとに茶屋で一息つき、授与所で小さな灯を受け取る。そんな「星紡詣」と呼ばれる習わしも生まれたと伝えられています。
近代化の波が押し寄せる中、当神社も荒波に揉まれました。
しかし、戦火において、星名府一帯が大きな空襲に見舞われた際、当神社の境内だけは摩訶不思議にも火の手を逃れました。周辺の人々は「御神木の松がツヅリノオオカミ様の星盾となって守ってくださった」と語り継がれています。
そして現在
星名府は都市化が進みましたが、境内の一歩奥へ入れば、そこには千年前と変わらぬ静けさがあり、空を仰ぐ文化が息づいています。
近年では、人と人の縁を繋ぐ「縁結び」、人生の選択を後押しする「導き」や新しい一歩のための「開運」の社として、若い世代からも広く崇敬を受けるようになりました。
私たちは、先人たちが守り抜いてきたこの「星の記憶」を次の千年へと繋ぐため、今も変わらず祈りを捧げています。
星を紡ぎ、運命を整える導きの神
星紡稲荷神社の本殿に鎮座するは、一千年前、緑犀の森へ降り注いだ流星の光から現れた、人々の縁と運命を丁寧に紡ぎ合わせる狐神「綴荷大神(ツヅリノオオカミ)」であるとされています。
ツヅリノオオカミ様は、稲荷大神としての「豊穣・繁栄」の御神徳に加え、星野運行を司る「天」の力を併せ持っておられます。
通常ツヅリノオオカミ様は狐の姿で語られます。狐は古来より境界を渡り、道を導く存在として人々に親しまれてきました。
星紡の狐神は、夜の空と人の心、その間にある「境界」を静かに渡り、迷いの中にある人が、自分の足で前へ進める様に見守る存在です。
星紡稲荷神社の神紋は、「星の導き」「縁の結び」「道の定まり」を象徴とした神紋です。
稲荷大神の象徴とされる稲穂、星紡の象徴である紡ぎの星、ツヅリノオオカミ様が我々の人生の迷い分岐点に打つ杭。それら全てが星の導きを人の歩む道へと定めるツヅリノオオカミ様の象徴となるものです。